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水戸地方裁判所 昭和49年(レ)7号 判決

控訴人(反訴被告)

三浦謹之助

右訴訟代理人

八木下巽

外一名

被控訴人(反訴原告)

入江勘示

右訴訟代理人

渡辺真一

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人(反訴被告)は被控訴人(反訴原告)に対し、原判決別紙物件目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各土地につき、水戸地方法務局谷田部出張所昭和四五年三月五日受付第一三二二号条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。当審における訴訟費用は控訴人(反訴被告)の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が、昭和四四年一一月五日、被控訴人から本件土地(一)、(三)、(四)、(五)を農地法第五条の許可を条件として、反当り金六五万円で買受け、昭和四五年三月五日、本件土地全部につき水戸地方法務局谷田部出張所受付第一、三二二号により農地法第五条の許可を条件とする条件付所有権移転仮登記を経由したことおよび本件土地が、昭和四七年三月五日土地改良法による換地処分の結果、原判決別紙物件目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各土地に換地されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、右売買契約の対象に本件土地(二)が含まれていたかどうかを検討する。

〈証拠〉を総合すると、控訴人は、本件土地(二)も前記売買の対象として買受けたが、同土地には被控訴人方の墓地が存在していたため、その墓地とこれに通ずる道路部分を売買の対象から除外し、右除外した土地に相当する面積の土地を本件土地以外の被控訴人所有地のうちから控訴人に売渡すこととするが、これにより控訴人に売渡すべき土地は、当時本件土地について予定されていた土地改良事業による換地処分がなされたのちに特定するとの約定がなされたことおよび前記換地処分の結果によれば、本件土地の換地には右墓地が含まれなくなつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、右に認定した被控訴人方の墓地に関する約定は、本件土地に換地処分がなされた結果その換地中に右墓地を含む場合を前提としてなされたものと解されるから、右認定のように本件土地の換地中に墓地が含まれていないときは、本件土地(二)の換地がそのまま売買の対象地となるものと認められる。

従つて、控訴人と被控訴人間の売買契約の対象地は、前記換地処分を経て、原判決別紙物件目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)となつたのである。

二そこで、次に控訴人の債務不履行を理由として右売買契約の解除を主張する被控訴人の本訴抗弁および反訴請求原因を判断するに、被控訴人が、昭和四七年七月二四日の本件口頭弁論期日において、控訴人に対し同人が右売買契約の手付金のうち金六〇万円を支払わないことを理由として同契約を解除する旨意思表示したことは記録上明らかであり、同契約において、当事者の一方に契約上の債務の不履行があつた場合には、催告を要しないで契約を解除できる旨の特約がなされていたことは当事者間に争いがないから、更に、この点に関する控訴人の本訴再抗弁および反訴抗弁について検討する。

(一)  控訴人が被控訴人に対し、右売買契約締結の際、手付金の一部として現金で金二〇万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は、昭和四二年ころ訴外入江進に対し金五〇万円を利息年一割、弁済期二年後の約定で貸し付け、さちに昭和四四年四月には右貸金の元利を合わせた金五九万円を元本とし、利息年八分、弁済期昭和四四年一〇月三一日とする準消費貸借契約を締結したうえ、その担保のために訴外入江進の妻入江昭恵所有の宅地に抵当権を設定させていたところ、被控訴人と本件土地売買契約を締結した当日、訴外入江進を被控訴人方に伴い、控訴人、被控訴人および訴外入江進の三名間で、右売買契約の手付金のうち金六〇万円は、被控訴人の訴外入江進に対する右債権を控訴人に譲渡することによつて支払うことおよび訴外入江進の右債権に対する弁済は、昭和四四年一一月末日から昭和四六年一一月四日までの間に毎月金三万円宛合計金七二万円の分割払いとするとの約定をするとともに、控訴人は、訴外入江に対する債権に関する借用証書、抵当権設定登記済証、控訴人名義の委任状を被控訴人に交付し、これに対し被控訴人は本件土地の売買代金として金八〇万円を受領した旨の領収証を控訴人に交付したこと。

2  訴外入江進が、控訴人から前記のように金五〇万円を借り受けたのは、それ以前に営なんでいた土建業が倒産して債務整理をして再度土建業を始めた際の事業資金とするためであつたが、その事業も被控訴人が前記債権を譲り受けた翌年である昭和四五年九月ころに行きづまつて、同訴外人はそのころから会社勤めをするようになり、被控訴人に対する前記債務の弁済も、期限までに合計金一二万円を支払つただけであること。

なお、〈証拠〉中には、訴外入江進が被控訴人に対し、金一四万五、〇〇〇円を既に弁済した趣旨を窺わせる部分があるが、〈証拠〉に照らすと、右部分はたやすく信用できず、他に前認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、売買契約の手付金の支払に関し、買主が第三者に対して有する債権を売主に譲渡した場合に、前記認定のように被控訴人が、控訴人から債権譲渡を受けた分を含めて金八〇万円の領収証を控訴人に交付していることからすれば、控訴人がした債権譲渡を手付の交付とみるべき余地もないわけではない。

しかしながら、さきに認定したところによれば、控訴人が被控訴人に対してした債権譲渡は、手付金八〇万円のうち金六〇万円の支払に代わるものであつて、その額は本件土地売買代金総額金一二八万五〇〇円の約五割に相当すること、ならびに右債権譲渡に至るまでの訴外入江進の事業経営上の不振および右債権譲渡後の同訴外人の債務弁済の状況を考慮すると、控訴人が右債権譲渡をした当時同訴外人の支払能力は極めて乏しいものであつたと推測されるから、このような場合に右債権譲渡を手付の交付と解することは、社会通念および取引の常識に反し、当事者の意思に沿わないものと考えざるを得ない。また、控訴人が譲渡した債権には前記のように訴外入江昭恵の宅地に対する抵当権が設定されており、債権譲渡に随伴して右抵当権は被控訴人に移転したと解せられるが、抵当権実行は一般に相当の日時と費用を要するものである以上、債権譲渡に手付の交付の効果を認めるには債務者に約旨に従つた任意の弁済を期待できることが前提であるとすれば、控訴人の譲渡した債権が抵当権によつて担保されていても、右譲渡を手付の交付と同視できないとする前記判断を左右するに足るものではない。

そうすると、控訴人が、売買契約締結の際に被控訴人に対してなした債権譲渡は、手付の交付ではなく、売買代金のうち金六〇万円について、その債務履行のためにしたものと解される。そして、訴外入江進の債務の履行期が昭和四六年一一月四日までの分割払いとされている点からすると、控訴人の右金六〇万円の代金債務の履行期も、訴外入江進の債務の履行期と同一と考えられるところ、右期限までに同訴外人は金一二万円を弁済したに過ぎないことは前記のとおりであつて、他に右期限までに同訴外人もしくは控訴人が被控訴人に対し売買代金を支払つたことを認めるに足りる証拠はない。

よつて、被控訴人が前記無催告解除特約によつてした本件土地売買契約解除の意思表示により、同契約は解除されたものというべきである。

三以上によれば、本件土地売買契約が有効に存続することを前提として被控訴人に対し、右売買契約上の義務の履行を求める控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから棄却すべきであり、これと結論を同じくする原判決は相当である。次に、右契約が解除により消滅したことを理由として、控訴人に対し主文掲記の仮登記の抹消を求める被控訴人の反訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。

よつて、本件控訴はこれを棄却し、被控訴人の反訴請求はこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(長井澄 太田昭雄 寺尾洋)

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